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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2399号 判決

原告 小渡英子

右訴訟代理人弁護士 安田叡

同 渡部照子

被告 株式会社ウエダ

右代表者代表取締役 上田敏明

右訴訟代理人弁護士 竹内三郎

同 豊島輝

被告 奥村政与株式会社

右代表者代表取締役 奥村政與

右訴訟代理人弁護士 柴田勝

被告 ブロードウェイ管理組合

右代表者理事長 岩波力

右訴訟代理人弁護士 千賀修一

同 河崎光成

主文

一  被告株式会社ウエダ、同奥村政与株式会社は、原告に対し、各自金八〇四万八二一一円および内金七一四万八二一一円に対し昭和五〇年四月五日からその支払がすむまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告の被告株式会社ウエダ並びに被告奥村政与株式会社に対するその余の請求、および被告ブロードウェイ管理組合に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社ウエダ並びに被告奥村政与株式会社との間においては原告に生じた費用の九分の四を右被告両名の連帯負担とし、右被告両名にそれぞれ生じた費用の三分の一を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告ブロードウェイ管理組合との間においてはすべて原告の負担とする。

四  この判決は、第一項中被告株式会社ウエダに関する部分については担保を供しないで、被告奥村政与株式会社に関する部分については金二〇〇万円の担保を供して仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

被告らは、原告に対し、各自一一一七万〇六二一円および内一〇五九万〇八二一円に対し、昭和五〇年四月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

訴外亡松山英治(以下亡英治という)は次の事故(以下「本件事故」という)によって事故発生の約一時間三〇分後である昭和四九年一〇月八日午後四時六分中野区中野五丁目四番七号中野共立病院において、前胸部打撲を原因とする気道内血液吸引による窒息のため死亡した。

(一) 事故の日時 昭和四九年一〇月八日午後二時三〇分ころ

(二) 事故の場所 東京都中野区中野五丁目五二番一五号、(国電中央線中野駅北口北方約四〇〇メートル、徒歩約二、三分のところ)に位置し、地下三階、地上一〇階の店舗兼共同住宅の建物(以下「本件建物」という)のうち、地下一階から地上四階(地下二、三階は機械室、地下一階から地上四階までは洋装店までを占める洋装店、飲食店等多数の商店、事務所等の集合体である「ブロードウェイ・ショッピングセンター」(以下「センター」という)の中の地下一階)。センターの地下一階は総面積七、三二〇・二四平方メートルで食肉店、青果物店などの食料品店など五一の店舗が集合し、交通事故のおそれのないこと等から、多数の主婦が子供連れで日常の買物に参集するところである。

(三) 態様 被告株式会社ウエダ(以下被告ウエダという)の従業員須貝久治同有住義隆らが右センター地下一階内の被告奥村政与株式会社(以下被告奥村という)の店舗(以下「本件店舗」という)内に備え付けの為運び入れいまだ固定せず不安定な状態にあったジューススタンド(長さ三・四七メートル、巾〇・四五メートル、高さ一・〇〇メートル。重量七五キログラム。材料は厚さ〇・一メートルのラワン積層板。頭部は底部より〇・一メートル広がったテーブル式カウンターでその表面はデコラ化粧板張り。客側に接する部分は、レザー布団張り。―以下「本件カウンター」という)が倒れ、亡英治が右カウンターの下敷きとなった。

2  被告らの責任

(一) 被告ウエダの責任

被告ウエダは、土木建築工事の設計及び施行の請負等を業とするところ昭和四九年一〇月二日被告奥村との間で、センター地下一階所在の被告奥村の経営する店舗内に設置されたジューススタンド改装工事を請負い被告ウエダの従業員で工事課長の地位にあった訴外須貝久治及び同じく工事担当責任者であった同有住義隆が指揮して右改装工事を施行中本件事故が発生した。

右訴外須貝久治及び同有住義隆は、右工事をするにあたり、センターが客の多数参集してくるところであって、本件のような事故が発生するおそれのあることは社会通念上容易に予測しえたはずであるから、客の来集しない営業時間外に工事を行い、あるいは、やむをえず営業時間内に工事を行うときは、工事現場にロープを張り、見張りの者を立て、さらに作業を開始するにあたり被告ブロードウェイ管理組合(以下被告組合という)に被告組合が定めた作業規則に従って作業届を提出する等本件のような事故が発生しないよう万全の措置を講ずべき義務があった。

しかるに右訴外須貝久治及び同有住義隆は右義務を怠り、被告組合に作業届を提出することなく営業時間内である本件事故当日昼ころ本件事故現場に本件カウンターを含むカウンターを運び入れ、ロープを張り、見張りの者を立てるなど防災上の安全対策を講じないで右工事に着手して工事を続行した過失により本件事故が発生するに至った。

右工事は被告ウエダの事業の執行としてなされたものであるから、被告ウエダは、右工事をするにあたって注意義務を怠った訴外須貝久治及び同有住義隆の使用者として本件事故についてその責任を負う。

(二) 被告奥村の責任

被告奥村は、前記改装工事につき、被告奥村にその工事を依頼した注文者であるところ、センターは前記のとおり多数の子供連れの主婦などの買物客が参集する場所であるから、なんらの安全対策を講じることなく右改装工事を施工すると、本件事故のように、参集した買物客に危害を及ぼすおそれのあることは社会通念上容易に予測しえたはずであるから被告ウエダに右注文を発するに際しては、センターの営業時間外に工事をするよう指示し、あるいは営業時間内に工事をするときは、工事現場にロープをはり、見張りの者を立てるなどの安全対策を講じるよう被告ウエダの注意を喚起しなければならない注意義務があり、さらに注文に当たり、被告組合に右工事の作業届を提出する義務があった。

しかるに、被告奥村は右義務を怠り、被告ウエダに対し、センターの営業時間内に工事をし、二日間で工事を完成させるよう指図し、右工事に際して事故の発生を未然に防止するための特段具体的な指図を何らしなかった。さらに右工事の施行に際し被告組合に提出すべき作業届を提出せず本件事故の翌日になってはじめてこれを提出した。

本件事故は、被告奥村の被告ウエダに対する前記改装工事を請負わせるにあたっての注文又は指図についての過失によるものであるから、被告奥村は本件事故についてその責任を負う。

(三) 被告組合の責任

被告組合はセンターの区分所有者で組織された権利能力なき社団であって、センターの敷地及び建物の管理及び使用について、店舗、住宅、別館の各区分所有者の為に必要な協議及び業務を行うことを目的とし、右目的遂行のため従業員六〇名を雇傭し、内警備員として一二名を配して、常時その警備にあたらせていた。

被告組合は、センターには客が多数参集するためなんらの安全対策を講ずることなく改装工事等の工事に着工した場合には、本件のような事故が発生するおそれのあることは社会通念上容易に予測できたはずであるから、工事は営業時間外に行うこと、あるいは営業時間内に工事を行うときは工事現場にロープをはり、見張りの者を立てさせること等の規則を制定し、さらには警備員を常時パトロールさせ工事開始、危険物搬入の有無などを点検させ、仮りに工事開始、危険物搬入の事実があれば、直ちに然るべき事故防止の為の安全対策の有無を確認し、右安全対策が欠如している場合には、工事施行者、危険物の搬入者に対し右措置を講じるよう具体的指図を与えるなどの注意義務がある。

しかるに、被告組合は右義務を怠り作業は原則として午前八時から午後八時までとし、それ以外は管理部の許可を受けるべき旨の作業規則を定め、原則として作業を営業時間内に行うことを義務づけ、他方営業時間内の作業につき、本件のような事故を未然に防止すべき安全対策につき規則を制定しなかった過失により本件事故が発生したのであるから、被告組合はその責任を負う。

更に、本件事故当日の警備担当者、警備員訴外小林昇、同佐藤某、同高橋某、同原田某らは、被告ウエダの従業員が本件事故現場で本件事故当日の正午ころ改装工事に着工し、本件カウンター等の工事資材を運び入れたのを見過ごした結果、工事現場にロープを張り、見張りの者を立てるなどの安全対策をとるよう被告ウエダに指図しなかった過失により本件事故が発生した。右警備は、被告組合の事業の執行としてなされたものであるから、被告組合は警備をなすにつき注意義務を怠った右警備従業員らの使用者として本件事故についてその責任を負う。

3  損害

(一) 訴外英治の損害

(1) 逸失利益  六八九万六四二二円

訴外英治(昭和四七年一月九日生)は死亡当時満二才であり、本件事故がなければ厚生省大臣官房統計調査部編第一二回生命表によると今後六七・三一年の平均余命があり、その間満一八才から満六七才に至るまで四九年間は稼働できた。

労働省労働統計調査部編の昭和四八年賃金センサス第一巻第一表による一八才から一九才の男子労働者一人当り平均月額賃金給与額及び平均年間賞与その他特別給与額を基礎にして、一ヶ年の平均総収入を算出し、なお生活費として右収入の五割を要するものとして控除し、訴外英治の右稼働期間中の逸失利益をホフマン方式による中間利息を控除して死亡時における現価を計算すると

(60,600円×12+83,000円)×0.5×17.024=6,896,422円 となる。

(2) 慰藉料       二〇〇万円

訴外英治は死亡当時満二才の幼児であって、両親の愛を一身に受けていたところ、本件事故により幼い生命を失ったことによる精神的苦痛は甚大であり、右精神的苦痛を慰藉するには二〇〇万円が相当である。

(二) 原告が相続によって取得した債権額      四四四万八二一一円

原告は、訴外英治の母であり、訴外英治の法定相続人であるから、訴外英治の右損害についての賠償債権八八九万六四二二円の法定相続分(二分の一)である四四四万八二一一円を相続により取得した。

(三) 原告の慰藉料    六〇〇万円

原告は訴外英治の母であり健康で可愛いさかりであった同人を思いもかけぬ事故で失った悲しみは甚大であり、右精神的苦痛を慰謝するには六〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用  七二万二四一〇円

原告は、原告代理人らに対し、本件訴訟を委任し、着手金として一五万円を支払った。更に本件訴訟が二年を経過するときは、着手金五万円を追加して支払う旨、並びに被告らに対する請求金額が全額認容された場合には、その五パーセントを報酬として支払う旨約束した。

4  結論

よって、原告は、被告ウエダに対しては民法七一五条にもとづき、被告奥村に対しては同法七〇九条、七一六条但書にもとづき、被告組合に対しては同法七〇九条及び同法七一五条にもとづき、前記3記載の損害賠償請求権を有するところ、前記2記載の被告らの行為は共同不法行為であるから、同法七一九条にもとづき、被告らに対し、一一一七万〇六二一円及び弁護士費用を除く内金一〇五九万八二一一円に対する損害発生後でありかつ被告らに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年四月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告ウエダ

(一) 請求の原因1の事実中、訴外須貝久治が現場にいた点及び本件カウンターが不安定な状態にあった点は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同2(一)の事実中、被告ウエダの営業内容及び被告ウエダと被告奥村との間でセンター地下一階の被告奥村の店舗改装工事について請負契約を締結し、本件事故当時右契約に基き訴外有住義隆が右工事の指揮をとっていた点、被告組合に作業届を提出することなくかつセンターの営業時間内に右工事を行い、工事現場にロープを張らなかった点は認めるが、本件のような事故が発生するおそれのあることは社会通念上容易に予測しえた点及び被告ウエダの義務内容については争う。

被告ウエダは、被告奥村から二日間で右工事を完成するような指図されたのみで、特に夜間のみ工事するようにその指図はなく、昼間営業中のため工事現場にロープを張る余地もなかった。又被告組合への作業届は被告奥村がすることになっていた。

(三) 同3の事実中、訴外英治の生年月日、及び原告が訴外英治の相続人であることは認め、その余の事実は不知。

2  被告奥村

(一) 請求の原因1の事実中、訴外英治が死亡した事実は認めるが、その余の事実は不知。

(二) 同2(二)の事実中、被告奥村の義務内容及び被告ウエダに改装工事を請負わせるにあたって被告奥村に注文又は指図について過失があった点は争う。

被告奥村と被告ウエダとの間には右工事施行期間中は、工事現場の取締、安全衛生、災害防止、工事現場の運営等について被告ウエダが一切責任をもつとの約定があり、右工事施行期間中、被告奥村は完全に休業した。

(三) 同3の事実中、原告が訴外英治の母であることは認めその余の事実は不知。

3  被告組合

(一) 請求の原因1の事実中被告ウエダの従業員訴外須貝久治及び同有住義隆らが被告ウエダの従業員であるとの点は不知。その余の事実は認める。

(二) 同2(一)(二)の事実は不知。同2(三)の事実中、被告管理組合の目的、従業員数、警備員数は認め、その余は争う。

被告組合は本件建物の共用部分を管理する管理者であり、共用部分を保存し、区分所有者集会の決議を実行する権利と義務を有するが、各区分所有権の専有部分内の保存、修繕、改良等に関しては何らの権利も義務も有しない。従って専有部分内の工事は区分所有者が自己の判断と費用において行うものであり、被告組合は原則としてそれらについて何らの介入する権限も有しない。但し、専有部分内の工事でも共同ビルのため他の区分所有者の権利を侵害することが予想されるのでそれらを未然に防止し、規制するため、工事を行う場合には各区分所有権者に作業届の提出を義務づけている。この作業届は、あくまでも工事をなす区分所有者による他の区分所有者の権利及び共同部分の侵害防止のみを目的として提出させるもので、工事内容がそれらを侵害しなければこれを受理するにすぎず、工事の施行方法については、被告組合はこれを監視し、あるいは変更させる権利も義務も有しない。本件事故は被告奥村の専有部分内における工事により、右専有部分内で生じたものであり、被告組合には何らの責任もない。

区分所有者である被告奥村から被告組合へ、ジューススタンド改装工事についての作業届が提出されたのは本件事故の翌日である昭和四九年一〇月九日三時ころであり、被告組合は本件事故当日被告奥村が右工事を行うことを知らなかった。又、被告組合の警備員は、住宅部門の人の出入りをチェックすることと、建物共用部分におけると防犯、防火を主たる目的として巡回するものであり、専有部分内に何を搬入し、それをどのように使用するかを点検し、規制する業務は含まれておらずかりに発見したとしても専有部分内の工事について区分所有者に対し工事による事故防止の為の安全対策を指示する義務は存しない。

(三) 同3の事実中、原告が訴外英治の母であること及び訴外英治の生年月日は認め、その余の事実はすべて争う。

三  抗弁

1  被告ウエダ

(一) 和解の成立

被告ウエダは、原告ならびに訴外英治の父である訴外松山久に対して本件事故の損害金として次のとおり合計七〇万四五一五円を支払い、さらに昭和四九年一一月一六日に解決金として四〇万円を支払って本件事故について和解した。

(1) 昭和四九年一〇月一二日 葬式費用 四二万四七二五円

(2) 同日   一〇万円

(3) 同日  花代他 二万九七九〇円

(4)     病院費 一二万六一八〇円

(5) 同月二三日 納骨費 一五万円

(二) 過失相殺

仮りに、被告ウエダに過失ありとしても、亡英治は、本件事故当日その兄とともに原告に連れられて本件事故現場へ来ていたものであり、原告は満二才の亡英治及びその兄の母親として亡英治らを保護監視すべき義務があるのに、これを怠り、漫然と亡英治らを放置した過失により亡英治らが本件カウンターの方に入ってこれにふれた結果本件事故が発生したものであり、右過失は本件損害額の算定にあたり斟酌されるべきである。

2  被告奥村

被告奥村と被告ウエダとの間には、請負契約締結に際して、被告ウエダの工事施行の為第三者の生命等に損害を与えたときは被告ウエダが一切の責任を負う旨約束し、本件事故発生直後、被告ウエダの代表取締役上田敏明は、被告奥村に対し、被告ウエダが本件事故による一切の責任を負う旨言明した。従って、被告奥村には本件事故について責任はない。

四  抗弁に対する認否

1  被告ウエダの抗弁について

(一) 抗弁1(一)の事実は否認する。

(二) 同1(二)の事実中、原告と被告ウエダとの間で示談が成立し、原告が示談金四〇万円を受領したとの点は否認し、その余の事実は不知。

原告は本件事故後間もなく、訴外松山久とは別居状態となり、以後同人とは音信不通であり、被告ウエダと右訴外人との間でいかなる交渉があったかは、原告の知るところではない。

2  被告奥村の抗弁について

抗弁2の事実は不知。

被告奥村と被告ウエダとの間の約定は、被告奥村と被告ウエダの関係だけを拘束するもので、第三者たる原告には何らの拘束力もない。

第三証拠《省略》

理由

一  事故の発生および態様

(一)  昭和四九年一〇月八日午後二時三〇分ころ、本件店舗内で、同店舗の改装工事(以下「本件改装工事」という)中、本件店舗内に備え付けるために運び込まれ、未だ固定されないままの状態で立ててあったカウンターが、本件店舗前の通路上に倒れ、同所にいた亡英治がその下敷きとなり、そのため、同人は同日午後四時六分中野区中野五丁目四番七号の中野共立病院で、前胸部打撲を原因とする、気道内血液吸引による窒息のため死亡した。

以上の事実については被告ウエダ、同組合においては争いがない。

被告奥村との間においては、右事実のうち、亡英治が死亡した事実については争いがなく、その余の事実については、《証拠省略》によってこれを認めることができる。

(二)  被告ウエダが土木建築工事の設計、施行の請負等を業とする会社であることは被告ウエダにおいては争いがなく、被告奥村、同組合との間においては《証拠省略》によってこれを認めることができる。

(三)  《証拠省略》を総合すると次の各事実を認めることができる。

1  被告奥村は被告ウエダに本件工事の施工を依頼し、被告ウエダはこれを請負った(この事実は被告ウエダにおいては争いがない)。

2  右工事請負契約に基いて、被告ウエダはその工事課長であった訴外須貝久治を工事責任者とし、その従業員であった訴外有住義隆を現場の指揮監督者とし、その他いずれもその従業員であった訴外井上和行、森田悟、高田吉定、築井優らを工事現場である本件店舗に派遣して右工事を施行させた。

3  右工事のため、訴外有住ら右工事担当者らは、被告ウエダの工場で製作された、本件カウンターを含む五台のカウンターを本件店舗内に据えつけるべく、工事の第一日目である昭和四九年一〇月八日午前一一時過ぎころ、センター内の地下一階の駐車場から本件店舗内に搬入したうえ、本件カウンターを本件店舗内の、向側宝屋肉店との間の通路に面した側に、固定しないままで立てておいた(本件カウンターを含む五台のカウンターを置いた位置の詳細および本件店舗とその周囲の状況は別紙図面(二)のとおり)うえで、本件店舗内に炉の土台として設置してあったコンクリートブロックの取りこわしとその搬出などの作業に従事していた。

4  本件カウンターの大きさ、構造、材質等は別紙図面(一)記載のとおりであって、固定しない状態で立てた場合、床面が平坦である限り僅かな震動等により転倒する程度には特に著しく不安定であるとはいえないが、底面より上面の方が巾が広く、かつ底面より上面に近い部分により多くの資材が用いられているため上端に多少の外力(検証の結果によると三・七五キログラムないし六・五キログラム程度)の外力が横長の線に直角の方向に加えられるときは倒れる危険性があって不安定なものであり、その重量に照らし、転倒したときは危険性のあるものである。

(四)  更に、《証拠省略》によると、次の各事実を認めることができる。

1  センターは、国電中央線中野駅北口から約四〇〇メートルの位置(東京都中野区中野五丁目五二番一五号)に所在する地下三階、地上一〇階の店舗兼共同住宅用建物の地下一階から地上四階までを占め、洋品店、飲食店、食料品店等の商店と事務所の集合体であり、特に地下一階は総面積七、三二〇・二四平方メートルで食肉店、青果物店などの日用食料品店を中心として五一の店舗が集合し、多数の主婦が日常の買物に参集し、その主婦の中には幼児を伴うものも多い(以上の事実については、被告ウエダ、同組合においては争いがない)。

2  原告は、前記事故の当日、次男である亡英治(当時二歳一〇か月)および長男史彦(当時四歳一か月)を伴い、近隣の主婦訴外上松およびその子由香利(当時二歳)と共に買物のためセンターを訪れた。洋品店などを見て廻ったのち、午後二時三〇分ころ地下一階で食肉等を買うべく、亡英治および右史彦を連れて本件店舗東側の買物通路を通り、宝屋肉店のカウンターに突き当ったところから左折して、本件店舗と宝屋肉店との間(本件店舗の北側―以下「北側通路」という)の買物通路を通って本件店舗の西側にある同じ宝屋肉店の陳列ケースに行こうとした際、本件店舗の北側に、右買物通路に沿って立ててあった本件カウンターが右通路上に倒れ、原告の後から原告について来ていた亡英治がその下敷きになった。

3  右事故当時、本件店舗は改装のため休業していたが、右宝屋肉店をはじめセンター地下一階は平常通り営業しており、買物客で混雑し、本件店舗北側の買物通路には、原告らのほか他の買物客の通行も認められた。

二  被告ウエダの責任原因について

以上認定したとおり、被告ウエダが、その従業員である前記須貝、同有住らをして施行させた本件店舗の改装工事は、本来その店舗内における工事ではあるが、多数の不特定人である買物客が来集する場所でかつ買物客の通行する通路と右店舗は壁等特段の区画は存在しない場所であるから、右工事を施工する者としては特にこれら買物客に対する安全について十分の配慮をなすべきであるし、本件カウンターは固定しないままで立てて置くときは安定性が十分でなく、かつ相当な重量物であり、しかも六名の被告ウエダの従業員が改装工事に従事して立働いており、その他多数の買物客の往来がある状態においては、本件カウンターを固定しないままで通路に面して立てたまま放置することは極めて危険な行為というのほかない。

全証拠を検討しても、右訴外須貝、同有住ら本件工事に当った被告ウエダの従業員らが、右危険防止のため特段の措置をとった事実は認められないので本件事故は、右従業員らの過失によって生じたものというべきである。

もっとも、証拠調べの結果によっても、本件カウンターが倒れるに至った直接の原因(本件カウンターが何らかの外力を伴わなければ容易に転倒しないことは既に判示のとおり)についてはこれを明らかにするに足りる証拠は見当らないが、第三者が殊更にこれを引き倒したと認められるような証拠は全くなく、前記のとおりそれ自体安定性に乏しい本件カウンターを危険性の多い状態で放置し、転倒を生じたことにより、右過失と転倒事故との間に因果関係を認めることができるものということができる。右工事が被告ウエダの業務の執行としてなされたものであることは右認定したところから明らかであるから、被告ウエダは民法七一五条により、使用者として、その責を負うべきである。

三  被告奥村の責任原因について

本件店舗が日常の買物に至便な場所であるセンター内に、集合店舗の一つとしてあり、多数の買物客が参集する場所であること、本件店舗の改装工事がなされた本件事故発生の当日も、センターは平常通り営業をしていたことは既に認定したとおりであり、これらの事実と、前記三3で認定した本件店舗とその周囲の状況および被告ウエダの行うべき工事の内容に照らすと、本件改装工事は、買物客に対し危害を及ぼす危険性の高い作業であると認められる。

そして、右本件店舗の経営者であり、従ってセンターにおける客の参集状況、本件店舗周辺の客の利用状況を十分了知していると考えられる被告奥村としては、右工事の危険性もまた十分知りまたは知り得たものと考えられる。

請負契約に基き、請負人がその仕事をなすにつき第三者に加えた損害については、注文者はその賠償の責任を負わず、ただ、注文または指図に付き注文者に過失のあった場合にのみその責に任ずべきものではあるが、右のとおり、被告奥村において注文した本件店舗の改装工事が、特に危険性の高い周囲の状況の中で行われるものであり、その危険防止のためには特段の措置を必要とし、そのため周囲の店舗との利用関係の調整、特に客の混雑する時間を避け或は夜間閉店後の作業に切換える等の配慮をも必要とする場合が生ずることが予想される。このような特殊な作業環境を考慮し、しかもこれらの事情に被告奥村が最もよく通じている(被告ウエダがそれまでに本件センター内店舗の改装工事等に十分な経験を有し、或は同種環境における工事に十分な経験を有していたなどの事情があれば別であるが証拠を検討してもかかる事情があったものとは認め難く、却って被告ウエダは歯科医院関係の内装工事を主として行っていたものと認められる)のであるから、請負人である被告ウエダに対し右工事を注文するについては右特殊な工事環境を十分に指摘して認識させ、事故防止のための具体的措置について打合せ、必要に応じてこれを指示するなどの措置をなすべきところ、《証拠省略》によると、被告奥村の職員であった訴外後藤一男は、本件改装工事につき被告ウエダと請負契約をするにつき、工事に伴う危険の防止は被告ウエダにおいて一切の責任を持つとの合意をし、その余は一般的に注意を促したに止まり、危険防止につき、特段具体的な指示も打合せもせず、客の混雑する営業時間内の工事を避け、夜間に工事を進めることについては全く思いを及ぼさなかったものと認められる。その他、被告奥村において注文に際し、危険防止のための特段の指示をし、或は工事中に特段の指示をしたと認めるに足りる証拠は認められない。

してみると、被告奥村の請負契約に当った右後藤は、その注文に際し、右の点において過失があったものというべく、よって生じた前記事故の結果につき、被告奥村はその使用者として賠償責任を負うべきものというべきである。

四  被告組合の責任原因について

《証拠省略》によると、被告組合は、本件建物すなわち商店部分であるセンターだけでなく、住宅部分を含む建物全体の区分所有者を構成員として組織され、本件建物の敷地、建物共用部分の管理、使用について、各区分所有者のために必要な協議、業務を行うことをその目的とし、建物共用部分の清掃、補修、共用施設の保守、修理、共用敷地の清掃、管理、組合員全員で共同使用できる施設の購入、共用部分を組合員または第三者に賃貸その他建物の管理に必要な一切の業務をなすことを事業の内容としてその規約により定めていることが認められ、右事実と、証人上村芳夫の証言を総合すると、被告組合は、多数の区分所有者の集合体である本件建物について生ずる共用部分につき、その保守、維持、管理をなすことを任務とし、区分所有者に対し、本件建物の各区分所有者が、その共用部分を円滑に利用し、支障のないように運用する義務を負うものではあるが、それ以上に、商店の集合体であるセンターの営業に資することや、ここに来集する買物客等の外来者の安全、便宜を図ることまでをも任務としているものではないと認められる。

従って、被告組合が管理する共用部分の施設、建物のかしによって損害を生じさせた場合は別として、各区分所有者が、その専有部分についてなす工事につき、外来者の安全のためにこれを規制し、事故防止のために注意を尽すべき義務は存しないものと認められる。

なお、被告組合において《証拠省略》によると、被告組合においては、本件事故当時一二名の警備員を置いて本件建物内の巡回、住宅部門出入口の警備に当っていたこと、また作業規則を設けて本件建物内で工事等の作業をする際の遵守事項を定め、作業届を提出することを課していた事実が認められるが、これらも、既に認定した被告組合の目的、事業内容に沿ったもので、特に外来者に対する安全保持の目的で定められたものとは認め難い。

してみると、被告組合において、被告ウエダのなした本件改装工事につきこれに気付かないで何らの規制もせず、また事故防止のための規則の制定をしてなかったとしてもこれをもって過失とすることはできず、被告組合に本件事故につきその責任を問うことはできないというべきである。

五  被告ウエダの抗弁について

(一)  和解契約の成立

《証拠省略》によると、被告ウエダの取締役である訴外小川重雄は、同被告の代理人として、亡英治の父で原告の夫であった訴外松山久との間で交渉し、亡英治の死亡による損害賠償の支払いにつき、これを三〇〇万円とすることで合意し、解決金の仮払金として四〇万円を支払い、更にその後一〇〇万円を支払ったものと認められるが、訴外松山久がなした右合意につき、同訴外人が原告をも代理してこれをなしたか否か明らかではなく、同訴外人が原告を代理してこれをなす権限を有していたこともこれを認めるに足りる証拠がない。他に原告と被告ウエダとの間に損害賠償の支払いにつき和解が成立したと認めるに足りる証拠は見当らない。

(二)  過失相殺

全証拠を検討しても、亡英治が被告ウエダの工事場に立入り、或は本件カウンターに触れてこれを転倒させて本件事故を惹起させたと認めるに足りる資料は見当らない。

前記認定の一(四)との事実と《証拠省略》によると、原告は、宝屋肉店で買物をすべく、同店の陳列ケースに沿って歩き、更に本件店舗の西側通路(通路の巾二・九メートル)を隔ててある同肉店の陳列ケースに移るため右通路を横断中に本件事故が発生したこと、右通路の横断をはじめようとしたころ、後方からついて来ていた亡英治、訴外史彦の所在を確認したところ、いずれも右宝屋肉店の陳列ケースに沿って二、三メートル後方からついて来ていることを確認し、その直後本件事故発生したことが認められる。

亡英治が当時二歳余の幼児である点からすると、これと同伴する母親はできる限りこれを自己の身近かに引き寄せ、監視を怠らないことが望ましいことであり、本件事故の場合においても、亡英治が原告の身近かにいたのであれば、原告においてこれを庇い死の結果を避けることができたのではないかと考えられないでもない。

しかし、本件事故現場は、既に認定したとおり、外部から隔絶された建物の地下に設けられた、日常食糧品の買物市場の形式をもち、多数の主婦が参集する場所であり、このような場所においては、歩行すること自体が十分でない程度の低年令の幼児であればともかく、買物に参集した主婦が、同伴した幼児を常に身近かに引き寄せて置くことを要求し、期待するのは、相当でなく、原告が前記認定の程度の間隔で亡英治と離れていたとしてもこれをもって損害額の認定につき考慮すべき程度の過失があったものということはできない。

六  被告奥村の抗弁について

被告奥村と被告ウエダとの間において、工事請負契約に際し、被告ウエダの工事施行のため第三者の生命等に損害を与えた場合被告ウエダが一切の責任を負う旨の合意が成立しているとしても、このような合意をもって、第三者に対する被告奥村の責任を左右し得べきものではないから被告奥村の右主張は理由がない。

七  損害について

(一)  亡英治において生じた損害

1  逸失利益 六八九万六四二二円

《証拠省略》によれば亡英治は、昭和四七年一月九日に出生し、死亡当時満二才の男児であったことが認められ、昭和四九年度の簡易生命表によると、満二才の男児の平均余命は七五・一三年であるところ、《証拠省略》によると、亡英治は身体健康な男児であったことが認められるから、同人は少くとも満一八才から満六七才に達するまでの四九年間何らかの職業について収入をあげえたであろうことが推認できる。そして昭和四九年度における賃金センサスによると一八才から一九才全男子労働者の平均賃金は、決まって支給する現金給与月額七万五四〇〇円年間賞与その他特別給与額一〇万五一〇〇円であり、右収人をあげる為に必要な生活費は収入の五〇パーセントとみられるから、亡英治は一年間に少くとも

(7万5,400円×12+10万5,100円)×0.5=504,950円

の純収入をあげることが可能であったと認められる。以上を基礎に中間利息の控除方式として一年毎の計算によるホフマン式を採用して算定すると、中間利息を控除した本件死亡事故による亡英治の逸失利益の本件事故発生時における現価額は、

504,950円×(28,560-11,536)=859万6268円(円未満切捨て)となる。

原告の請求する逸失利益の額六八九万六四二二円は右金額を下回ることが明らかであるから右主張は理由がある。これをもって亡英治の逸失利益とする。

2  慰謝料 二〇〇万円

亡英治の精神的損害を慰謝するための慰謝料は、原告の請求するとおり二〇〇万円とするのが相当である。

(二)  原告において生じた損害

1  慰謝料 三〇〇万円

既に認定した原告と亡英治との関係、事故の状況等成立に争いのない甲第一号証、の事情を勘案すると、亡英治の死亡につき原告の精神的苦痛を慰謝すべき相当な額は三〇〇万円と認められる。

(三)  相続 四四四万八二一一円

原告が亡英治の母親であることについては当事者間に争いがなく、従って原告は訴外英治の法定相続人として同人の損害賠償債権金八八九万六四二二円の法定相続分(二分の一)である四四四万八二一一円を相続により取得した。

(四)  弁護士費用 六〇万円

《証拠省略》によると、原告は、本件事故による損害賠償請求を被告らになしたところ、被告ウエダは三〇〇万円のみを認め、その余の被告らはその責任を認めなかったため、原告はやむなく本件における原告の訴訟代理人である弁護士安田叡、渡部照子に委任して本件訴を提起するに至ったことが認められる。従って、右弁護士らに支払うべき相当額の報酬は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきところ、原告本人尋問の結果によっても右委任の際の報酬契約の内容は必ずしも明らかではないが、本件事案の性質、経過、請求が認容されるべき額に照らし相当と認められる額は当然右弁護士らに支払われるものと推認されるところ、右額は六〇万円をもって相当と認める。

八  結論

以上の次第であるから、被告ウエダ並びに被告奥村は各自原告に対し以上の合計額八〇四万八二一一円とうち弁護士費用を除いた七四四万八二一一円に対し、損害発生の後であり、かつ被告ウエダ並びに被告奥村に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五〇年四月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、被告ウエダ、同奥村に対するその余の請求および被告組合に対する請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書を仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川上正俊)

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